映画スマイルプリキュア感想

「映画スマイルプリキュア!絵本の世界はみんなチグハグ!」本編も目覚しい勢いのプリキュアの新作映画。
最初にこの映画を観た際、絶妙なCGの使用や演出、作画の秀逸さに感嘆する以上にこのストーリーと設定の謎に振り回され、正直全く理解できず、ミステリー作品に近いとさえ思った。
チグハグな絵本の世界に「一体どうなってるのー!?」と叫んだみゆきに、いやいやそれはこっちの台詞だ、と言いたくなった位だが、何度か観ているうちにこの映画のメッセージの深さに気づかされることとなった。
既にプリキュア映画史上初の記録を打ち立てている本作であるが、商業的な成功とは別の意味でもプリキュア映画史上に残る名作になったのではないかと思う。

「影」の両義性

映画序盤の大博覧会の映画館のシーンで、ニコは「影」に取り付かれた金角・銀角に追いかけられていた。
しかし、物語中盤で、狂ったシンデレラから剥がれてサニーに捕まえられた「影」を、ニコは操り、自らの影に同化させるなど明らかに影を自在に操っている描写が見られる。いったい、「影」はニコの敵なのか、それとも仲間なのか?
この「影」の両義性は、映画のストーリーの根幹に関わる重要なテーマである。
先の問いに対して「敵である」「仲間である」のどちらかで答えることはできない。「影」はニコ自身であり、ニコ自身はニコの敵にも味方にもなり得る。ニコは、自身の「影」、いわば負/憎しみの力でプリキュア達を苦しめたが、同時にその力によって自分自身も恐怖に追われ続けていたのである。
同様に、「魔王」もまたニコの憎しみの心そのものであり、「魔王の城に囚われていた」ことは、すなわち「自分自身の持つ憎しみの心に囚われていた」ことの暗喩である。ニコがハッピーに「お願い、魔王を…(消滅させないで)」と言ったのも、ハッピーが魔王に「行こう、ニコちゃんが待ってる」と言ったのも、エンドロールで描かれたその後のストーリーでニコと魔王がいつも一緒に描かれていることも、それを示唆している。
本来ニコ自身の心であったはずのその憎しみのエネルギーは、物語の登場人物を操ったり、物語世界を思い通りに改変する力を持つだけではなく、増大するにつれていつしか自分では制御できない程巨大になり、ニコ自身を縛り付けると共に、世界そのものの存在を脅かすことになってしまった。
このような意思の「暴走」は、(善意であれ悪意であれ)インターネットによって世界と繋がりを実感しやすくなった現代において、我々にとってはより身近な問題として立ち現れてきているのではないだろうか。

ニコの絵本

映画の舞台は絵本の世界である。その世界は、絵本の登場人物たちが住み、その登場人物たちは自身が「絵本の登場人物」であり、絵本のストーリーを生きている存在であることを知っている、という独特な(そしてある意味不気味な)構造を持つ。
ニコもまた、絵本が途中から破られているという点を除いて例外ではない。ここでいくつかの疑問が生じる。

  1. ニコの絵本が途中から破られていたのはなぜなのか?また、誰が破ったのか?
  2. 破られる前に、元々絵本に書かれていたストーリーはどういうものだったのか?
  3. 絵本はなぜ元に戻ったのか?

「魔王」もしくは「影」が破ったのだろうか?あるいは「ニコ自身」が破ったとも考えられるが、まずは2番目の疑問である「元々のストーリーはどういうものだったのか」について考えてみたい。
元々のストーリーは、最後に作られたハッピーエンド*1とそう大差ないものであろう。ただ、異なる点がある。魔王の城に囚われたニコは、元のストーリーでは恐らく誰かに助け出され、そうして彼女の絵本はハッピーエンドを迎えていた。恐らくはニコ自身のストーリーも、その通りに進んでいた。途中までは。
さて、そこで起こったことは何だったのだろうか?私は以下のようなショートストーリーを考えてみた。

笑顔が大嫌いな「魔王」がニコを「連れ去って」しまった。憎しみの影が、様々な形に姿を変えて、ニコを追いかけ始めたのである。ニコはその度に必死に影から逃げ続けるしかなかった。
「私はいつも笑顔のニコだもん、憎しみなんて、私の心にあってはいけないんだ。」
自分が持っている絵本では、自分が助け出されることになっていた。
ニコはただそれを待ち続けたのである。

待っても待っても助けは一向にやってこなかった。憎しみは悪夢のようにニコを襲い続けた。
「どうしてだろう、絵本には私がここから助け出されて最後にはハッピーエンドを迎えるはずなのに。」
しかし、希望は毎日裏切られた。
ニコはいつしか笑顔を忘れてしまった。

自分がこんなに苦しんでいるのに、絵本の中でハッピーエンドでニコニコしている自分の顔は、まるで別人のように思えた。それどころか、自分とは全く違ったストーリーでハッピーエンドを迎えた、絵本の中の自分の笑顔は、ニコ自身をせせら笑っているようにすら思えてきたのだ。

ニコが憎しみの表情でそのページを睨みつけた途端、そのハッピーエンドに続くページは途端に目の前から消えてしまった。残されたのは魔王の城に閉じ込められている、まさに今の自分の姿が描かれたページまでだった。

ニコは、物語の筋書きに自分のストーリーを委ねてしまった。その途端、ニコの物語から未来は失われてしまった。ニコは自ら、終わりのない憎しみの続く世界に自分を陥れてしまったのである。
恐らく、みゆきと出会ったのはこの直後であった。話はこんな風に続く。

そんな時、ニコは小さい女の子の声を聴いたのだった。
「私が続きを書いてあげる」
その子はみゆきという名前だった。みゆきは本当に楽しそうに絵本を読んでくれた。
もしかして、この子が私をハッピーエンドに導いてくれるの?
魔王の城から助け出してくれるの?ニコは一縷の望みを彼女に托した。

その後、何年もの年月が流れた。ニコは影に襲われ続けながらも、みゆきが絵本の続きを書いて、自分を助け出してくれることを待ち続けた。しかし、その子は一向に絵本の続きを書いてくれる気配もなかった。その子は絵本のことなんて忘れてしまったかのようだった。
「嘘つき。」ニコはそう呟いた。

ニコは手元の絵本を見た。絵本は相変わらず、ニコが魔王の城に囚われ、悲しそうな顔をしているページで終わっていた。絵本からはハッピーエンドが失われてしまったけど、ニコはこれでもういいんだと思い始めていた。もう笑顔なんて見るだけでも嫌だったから。自分が笑顔をなくしたように、皆も笑顔をなくしてしまえばいいと思った。嘘をついたみゆきの笑顔もなくなればいいと思った。

ニコは終わりのない世界で、永遠に恐怖の影に追われ続け、そうなった運命と自分をそのまま放置し続けた周囲を憎みつづけた。魔王と影の力はニコの憎しみの力を得て、益々増大した。
恐怖の影に襲われるのはもはや何度繰り返されたかわからなかった。
しかしそれでも、ニコの本当の心は、意識の下で助けを叫び続けていたのだ。

そんなニコの思いは、意図せずして思わぬ展開を招いた。
恐怖の影に追われる中で、突然ニコは絵本の世界を飛び出してしまったのだ。
ニコは岩山の中で、西遊記の悪役に追いかけられていたはずだった。
突然目の前に真っ暗な劇場の観客席が現れた。自分を追いかける影の恐ろしい声は消えて、ニコは映画館のスクリーンから飛び出したのである。

ニコは憎しみに心を奪われ、笑顔を失ってしまった。それでも、無意識の内にそこから出たいという思いはもっていた。その思いが、影の力の増大とあいまって思わぬ展開を招いた。彼女を絵本の世界からプリキュアのいる現実世界にいわばワープさせたわけだ。
しかし、それはあくまでもニコが無意識下で行ったことであった。その展開が二コの未来を開く一歩となったことは間違いないが、絵本の続きが生まれるためには、ニコが自律的に、意識的に、自分の本当の心を開く必要があった。
だから、絵本に白紙のページが再びつくりだされたのは、ニコが自分の気持ちで「もう誰の笑顔も奪いたくないの」と言って、自ら呪縛から出ようとしたその時だったのである。
暴走した憎しみの心(魔王)に対して、「私はいつも笑顔の二コだもん!」と主張したのは、絵本の筋書きを単になぞったのではなく、二コの本当の心が結果的に絵本の筋書きと一致したことを象徴的に表す台詞であると感じる。
なお、ニコが常に作中で絵本を抱きかかえていたことは、既存の絵本の筋書きに縛られていたことを象徴している。呪縛の中で絵本を手放したことは、ニコが絵本の筋書きから自立して自分の本当の心で動き始めたことの表れであろう。

笑顔で輝く世界

YouTubeで、パラパラ漫画のようなアニメーション動画を観たことがある。
Love Your Enemies http://www.youtube.com/watch?v=L0HhHLHLHaA
まるで難癖のような不条理な主張によって責められても、どんなに拒絶されても、仲間の協力を受けてニコの許に降り立ち、ニコを抱きしめ、自らの非を繰り返し詫びたハッピーの姿に、私には前述のアニメが重なってみえて仕方が無かった。
Love your enemies.(汝の敵を愛せよ)聖書に記されたイエスのこの言葉を、ハッピーは衒いなく素直に体現したのである。*2

「世界は笑顔できらきらして、とても綺麗なんだよ。」

ニコの願いと皆の応援の奇跡の光が生み出したウルトラキュアハッピーが魔王を諭した台詞である。
目から鱗とはこのことだ。私は、世界が「笑顔できらきらして、とても綺麗」などと思ったことは一度も無かった。生の衝動は常に死の恐怖に裏付けられているとしか思えなかった。
世界の別の可能性に気づかせてくれたプリキュアとこの映画に、私は感謝する他ない。

*1:パンフの絵本も作ってみてください

*2:ちなみに、このニコとハッピーの関係に、韓国と日本の関係を連想させられたのは自分だけではないだろう。