宮崎駿の言葉?について

宮崎「こういうのってさ 実際の子供をありありと思い浮かべられるかどうかなんだよ。そういう観察してないと描けない。これしてない。何も見てない。自分の自我しか関心がない。そういう日常生活送ってる。」
荒川「人間が好きかどうかっていうことにもつながってくるんですか?」
宮崎「日本のアニメーションはね 観察によって基づいてない。殆ど。人間の観察が嫌いな人間がやってんだよ。だからオタクの巣になるんだよ。」

このインタビューは、2chまとめサイトでテレビのテロップ画像を繋げた画像からとったもの。元はポニョの特番でのインタビュー映像だろうか?私は見てないのでわからない。しかしこれを見たときには結構ショックだった。自分もどちらかというと(?)オタク側なので、宮崎駿という日本のアニメーションの巨匠に全否定されたかのように感じてしまったわけだ。そこで宮崎監督の本意はどういうものなのかが気になった*1
しかし恐らく言いたいことはごくシンプルなことなのだろう。バランスの崩れたクリエーターによる作品には、バランスの崩れた人間が集まるということだ、と今は理解している。「類は友を呼ぶ」という諺もある。いわゆるオタクと呼ばれる人種が持っている負の側面。コミュニケーションが苦手、周囲に気を遣えない、特殊な嗜好、などなど…。人間の観察が嫌いな、自分のことしか考えられない人間が描いたアニメーションには、一般的な価値を得ることなく、そういう負の側面を同様に備えた「オタク」たちが群がるということなのだろう。

宮崎監督のアニメ映画は一般的な評価を得ているから、「お前らしっかり人間観察してアニメ描いてないからオタクにしか人気でないんだよ」と言われても反論の言葉もない。
しかし、同時に、最近のアニメは必ずしも宮崎監督が嘆息しているような状況とは違う方向に向かってきているのじゃないかとも思っている。かつてはサブカルチャーとしての扱いだった漫画やアニメは遥かに市民権を得ているのではないか? そしてそれは、日本のアニメ制作者達が宮崎監督の望む方向性に向かって歩み始めているということを意味しているのではないか?

*1:この画像がコラだったりする可能性もゼロではないが、この画像に対するレスにそういうものは見受けられなかったので一応コラではないという前提にしておきます。